施設スタッフとして介護をしていくなかで「その人らしさ」を保てるよう支援することは大切です。
しかし、施設のスタッフが考えるその人らしさが、本当にその人らしい状態とは限らないということを突きつけられた事例について紹介します。
15年ほど前、私がまだ介護職員として働いていたころ、Aさんという女性が特養へ入所してきました。
Aさんは、70歳代後半の女性で、40歳代の娘がキーパーソン。
たまに小学校低学年の孫が一緒に面会に来ていました。
既往歴はアルツハイマー型認知症のみで要介護5。
施設で対応に困りやすい、いわゆる「歩ける認知症(言い方が適切ではないかもしれませんが、当時はこういう言い方をしていました)」の方です。
言葉にならない独語を話しながら、徘徊し、人の部屋からあらゆるものを収集し、時折読経する。さらに夜は全く寝ない日々。
夜勤者泣かせの方でした。
それでも、ずっと笑顔で、話しかけると小声で「そうね、ふふふ」と返されるので、どこか憎めない方です。
「精神科に入院させたほうがいいのでは」と考えているスタッフもいましたが、チーム内では概ね介護の関わり方でなんとかできると、試行錯誤しました。
- 24時間の行動記録をつける
- 横に座って本人と関わる時間を作る
- 昼間めちゃくちゃ活動してもらう など
入所して1ヶ月たっても様子はまったく変わらず、週に1度面会にくる娘さんも、様子を聞いていつも申し訳なさそうに帰っていきます。
入所から2ヶ月ほどしたある日、相談員から精神薬が始まることが知らされました。
本人が落ち着かないから看護師と相談して決めたと。
私も含め一部の介護職員は「眠らされてしまう」と精神薬に拒絶反応を持っていました。
「Aさんらしさがなくなったらどうするんですか?」と、申し送りで揉めたこともあります。
今思えば、相談員や看護師が、往診医や娘さんとよく相談して決めたのだと思いますが、当時は「直接関わらない人たちで勝手に決めた」くらいに思っていました。
薬を飲み始めてしばらくすると、案の定ソファで眠っている時間が増えました。
話しかければ笑顔を見せるけど、すぐに眠くなって目をつぶってしまいます。
「本人らしくない」
動きが少なくなったAさんを見て感じていたことです。
ある日、娘さんが孫を連れて面会にきたときに「動きが少なくなっちゃって、Aさんっぽさが少しなくなってきているような……」と歯切れの悪い説明をしました。
しかし、娘さんは残念がるでもなく、涙を浮かべながら、一緒に来ていた孫に向かって「昔のお母さんみたいだね」とぽろっと言ったのです。
「へ?」
私たちは、動きが少なくなったAさんに対して罪悪感を持っていたため、頭をトンカチで殴られたような感覚で顔を見合わせました。
本人が認知症を発症する前は、自宅の縁側に座ってうつらうつらしたり、孫が帰ってくるとはにかんで「おかえり」と言ってくれたりしていたそう。
「薬で眠いのかもしれないけど、その時みたいで、私から見たら『お母さんらしい』って思いますよ」と娘さんより。
私たちは、入所してからの様子だけでその人らしさを考えていました。
そして「薬で認知症の症状はおさまらない、全体的に眠らせるだけだ」とも。
しかしこの事例では、必要な薬もあって本人が楽になることもあると知ったと同時に、自分たちが考える「その人らしさ」は、ごく狭い一面しか見ていないと言うことにも気付かされました。
利用者それぞれには、自分たちが知らない長い人生があることや、病気になる前の方が本人らしいと言える生活を送ってきていることを学びました。
本人や家族の方によく話を聞き、本当の「その人らしさ」を考えるきっかけになった事例です。